園芸家・辻幸治 その3 園芸漬けの青春時代と東京山草会

◆ 進学と退学

中学時代のオオアブノメ事件によって、園芸に目覚めた辻少年は、『趣味の園芸』を愛読し始め、参考にしながらパンジーやプリムラを育てたという。
「いやー、『趣味の園芸』は栽培方法がかなり親切に書いてあるから、その通り丁寧に栽培すると、結構忙しかったですよ。栽培の基礎はまずそこで覚えました」
もともと野に生えた植物を採集しては標本にしていた辻さん、やはりだんだんと園芸植物よりも野生の植物たちに惹かれるようになり、原種系・野草系の植物を育てるようになっていったという。
「ランだってもちろん育てましたよ。でもやっぱり派手じゃないマニアックな数センチのランとかが好きでした」

辻さんの庭につりさげられたこれらもラン。奥がデンドロビウム・リンギフォルメ・ヌゲンタエ Dendrobium linguiforme var. nugentii 手前がデンドロビウム・ワセリー Dendrobium wasselii

辻さんの庭につりさげられたこれらもラン。奥がデンドロビウム・リンギフォルメ・ヌゲンタエ Dendrobium linguiforme var. nugentii 手前がデンドロビウム・ワセリー Dendrobium wasselii

中学、高校とどっぷりと植物・園芸三昧だった。
その先も植物に関わる学校に進みたいと考え、東京農業大学短大部環境緑地学科(造園科)へと進学をした。ランドスケープデザインを学ぶためだった。
しかし入学してみて、ガーデニングやデザインは自分の進む道ではなかったと感じたという。
「今はどうなのかわかりませんが、当時の流行りのランドスケープデザインって、新しいだけだったりアイディアだけだったりして、過去の積み重ねの上にないように感じました。本来、庭作りというのは、ヨーロッパでも日本でも伝統があり、その伝統には理由や必然性があり、そういったものを踏まえて作るべきものだと思いますが、過去を無視したようなスタイルが主流になっているように思いました。それで、何か違うなと」

そんな疑問を感じていたタイミングに、家庭の事情(詳しくは割愛します)が重なり、ほどなくして辻さんは学校を退学する。


◆ 東京山草会との出会い

学校をやめた辻さんは、家計を支えるためにさまざまなアルバイトを経験する。しかしやはり最後に落ち着いたのは植物に関わる仕事だった。ホームセンターの植物売り場の担当になった彼は、水を得た魚のように働き、その植物の知識と働きをかわれてアルバイトから契約社員へとなる。

元植物売り場スタッフでもある辻さんおすすめのシロバナウツギ。「純白の花がたくさん咲きます。枝垂れて揺れる姿が美しいです。耐寒性があり病害虫にも強い育てやすい植物です。ヨーロッパでも人気です」辻さんにそこまで言われると確かに欲しくなる。

元植物売り場スタッフでもある辻さんおすすめのシロバナウツギ。「純白の花がたくさん咲きます。枝垂れて揺れる姿が美しいです。耐寒性があり病害虫にも強い育てやすい植物です。ヨーロッパでも人気です」辻さんにそこまで言われると確かに欲しくなる。

そんな勤労青年となった辻さんだが、もちろん趣味の園芸活動は続けていた。中でも大きかったのは、退学前に入った東京山草会との出会いだった。高橋勝雄さんをはじめ、山野草の世界の有名人がたくさん所属していた。
「興奮しましたよ。本で見たことある人たちがたくさんいるんですよ。そんなすごいメンバーに栽培技術や歴史をみっちり教わったんです。今の自分はこの頃に作られました」
東京山草会の中でも最も過激と言われる「ラン・ユリ部会」に当時の最年少メンバーとして所属し、もまれる中で現在の辻幸治が形成されていった。

 (その4へ続く)


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辻幸治さんが所属する東京山草会ラン・ユリ部会が主催する野生ラン展が、2013年5月10日から12日まで、西武百貨店池袋本店の9階園芸売り場にて開催されます。10時から18時まで(最終日は16時まで)です。


辻幸治
辻幸治 つじ・こうじ  園芸家。1976年、大阪生まれ。江戸の園芸文化から海外のワイルドフラワーまで幅広く精通する。「趣味の園芸」にも講師として出演。書籍や雑誌の執筆・監修でも活躍。著書に『色別身近な野の花山の花ポケット図鑑―花色別777種』(栃の葉書房)など。

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