園芸家・辻幸治 その4 執筆活動と「趣味の園芸」デビュー

◆ 日陰の植物

東京山草会のラン・ユリ部会で、大先輩方にもまれ、園芸家としての実力をつけていった辻幸治さんは、そのラン・ユリ部会の会報で原稿執筆などを始める。その内容の確かさが評判となり、RHSJ(英国王立園芸協会日本支部)から、会報への連載の依頼が舞い込んだ。これが辻さんの初めての連載であり、この連載によって、園芸界に辻幸治ありの評判を不動のものとした。その連載のテーマには「日陰の植物」を選んだ。

「いつも不満だったのは、園芸本では、最上の条件での栽培の話しか書かれていないということでした。都市の住環境を考えたら。実際には日陰や狭い場所ばかりなのに、日本には当時、日陰をテーマにした本が皆無でした。だから日陰をテーマに1年間連載をしました」

◆ 「趣味の園芸」誌面デビュー、そして現在

その頃、辻さんは「趣味の園芸」の誌面でもデビューを飾る。1999年10月号。当時長く続いていた連載「列島花家族」で、新世代の園芸家である辻さんの家を、関西の山野草の重鎮・森和男さんが訪問するという取材記事だった。

辻さんの家に森和男さん(雲南のフィールドワークなどで知られる山野草界の重鎮)が訪問するという記事で、趣味の園芸の誌面デビューを果たす。

辻さんの家に森和男さん(雲南のフィールドワークなどで知られる山野草界の重鎮)が訪問するという記事で、趣味の園芸の誌面デビューを果たす。

ロン毛で弱冠23歳の辻さんが、すぐに重鎮の森さんと意気投合してしまい、キューガーデンのアルパインハウスの構造から用土調整法まで、マニアックな話に花が咲いたという。そのとき森さんからは「君は正統派山草オタク。はやく人生を諦め、植物に全てを捧げろ」と言われたという。そして辻さんは言われなくてももちろん植物に全てを捧げることを決めていた。一生かけたって世界中の全ての植物を自分の目で見ることはできないのだから、一生くらいかけて当然と辻さんは考えている。

その後は、学研の大図鑑『世界のワイルドフラワー』の写真選定・植物同定などに関わり、栃の葉書房の『別冊趣味の山野草 色別身近な野の花山の花ポケット図鑑 ~ 花色別777種』の監修を務めた。私もクレマチスの本の編集を担当するときは、学名表記等のチェックは辻さんに依頼した。

2010年には、「つじ散歩」というタイトルの記事が『趣味の園芸』に連載された。辻さんがいろいろな街を歩いて、植物を探すという内容だった。2013年3月には「趣味の園芸」の放送にスミレの講師として出演。押しも押されぬ若手園芸家のホープである。

2010年に「趣味の園芸」で連載された「つじ散歩」。

2010年に「趣味の園芸」で連載された「つじ散歩」。

この後、辻さんが最近はまっている盆栽の豆鉢を見せてもらい、取材の最後にこれから園芸を志す若者にメッセージをもらった。


(その5に続く)


辻幸治
辻幸治 つじ・こうじ  園芸家。1976年、大阪生まれ。江戸の園芸文化から海外のワイルドフラワーまで幅広く精通する。「趣味の園芸」にも講師として出演。書籍や雑誌の執筆・監修でも活躍。著書に『色別身近な野の花山の花ポケット図鑑―花色別777種』(栃の葉書房)など。

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