Session #2 夕方6時まではヴィーガン

ヴィーガン生活をしていた3か月間で一番よく言われたのはこんな感じ。「わぉ、それはすごいな……ところでヴィーガンっていったい何のこと?」

東京でヴィーガン(完全菜食主義)を貫き通すには二重、三重のハードルを越えなければならない。まず、(1)「ヴィーガン」という言葉自体が知られていない。だから当然(2)ヴィーガン対応のメニューを提供するフツーのレストランなんてまったくない。そして(3)レストランで「あの、ヴィーガンなんで……」「はぁ?」「あ、いえ、いわゆるベジタリアンなんです」「なるほど……」という会話のあとで(3−1)青菜のサラダだけが延々と出てくる(ベジタリアンは野菜だけ食べていると思われている)、(3−2)健康そうな和食が出てくるんだけれど、出汁に魚介系が使われていて食べられない、といったことが日常的に起こることになる。

それに、「ヴィーガン」自体のややこしさにだって責任がないとは言えない。基本的にヴィーガンがベジタリアンと違うのは、肉類だけでなく卵や乳製品も食べないことにある。でもそれって日本人からすればそれほど大きな違いなのかなと思うし、さらに厳密に言えば、ヴィーガンというのは食材の選択の問題だけではなくて、動物を殺すことそのものに反対する生き方のことでもある。つまり、動物から作られた製品を使わない、革製品を身につけないなど、食生活以外も含めたライフスタイルなのだ。だから例えば「信条としてのヴィーガンではないけれど、乳製品や卵や蜂蜜は食べない人」を指すカテゴリーがないというややこしい問題も起きてしまう。かつての僕がそうだ。といっても、一般的な動物愛護の精神がないわけでは決してないけれど。

さらには、ベジタリアンだって相当に複雑だ。魚はOKの「ペスコ・ベジタリアン」だったり、鶏肉はOKの「ポゥヨゥ・ベジタリアン」といった分派がわんさかある。「それってもはやベジタリアンと言えるの?」というツッコミはあまりに正しいと僕も思う。一方で、厳格なベジタリアンでないのにベジを名乗る人を糾弾するという、狭量なベジ界の内ゲバ問題もある。「ハリウッドスターの誰々はベジタリアンだと名乗っているのにこの前ステーキを平らげていた!」という目撃情報がネットにはいくらだって書き立てられている。

ここではっきりと僕の立場を表明させてもらえるなら、僕は「そんなことは全部どうでもいいじゃん」と思っている。大切なのはレッテルじゃないし、食事というのは教条的で排他的な宗教じゃない。大切なのは「何を食べないか」じゃなくて「何を食べたいか」だ。それはあなたの選択だし、あなたの生き方だ。「あなたが普段何を食べているか教えてくれれば、あなたがどんな人か当ててあげよう」といったのはオスカー・ワイルドだっけ(……と思って調べたら『美味礼賛』のブリア=サヴァランだった)。

実際のところ、厳格なベジタリアンではなくて、たまに菜食を選ぶ人(あるいはたまに肉食を選ぶ人)が欧米を中心に増えているという。例えばランチはベジタリアンメニューを選んだり、「ミート・フリー・マンデー」「ベジー・マンデー」といって、月曜日だけベジタリアンになってみようという運動だってある(これには環境保護の観点も含まれていたりする)。先月ニューヨークに行った時に書店で平積みになっていて目に留まったのが『EAT VEGAN BEFORE 6:00』(夕方6時まではヴィーガン)という本だ(今回のカバー写真)。著者はニューヨークタイムズで長年フードライターとして活躍してきた人物だ。

僕自身、平日のランチはほぼヴィーガン/ベジタリアンで、夜は菜食+刺身だったり、誰かと外食になると普通に肉を食べたりするので、この『EAT VEGAN BEFORE 6:00』が一番近い。実際に本書がなぜ「6時まで」を提唱しているのかといえば、社会生活を楽しむためだ。友人と夜に飲みに行ったら厳格なヴィーガンを保つことは難しいし、焼き鳥屋に行ったらやっぱり焼き鳥を食べたいよね、というわけだ。この時点で「ヴィーガン」とは、主義主張ではなくて、限りなく選択可能な食のオプションとなっている。

ベジタリアン・ランナーズクラブもこれと同じで、僕たちはいわば自分の意思によって菜食をチョイスしている。ある意味、「EAT VEGAN BEFORE THE RACE」(レースの前はヴィーガン)と言ってもいい。何よりも、菜食のほうが体調がいいし、菜食のほうがパフォーマンスがいい(それが結果的に、動物愛護だったり環境保護につながってもいる)。そういう効能から入るベジタリアンが、もっとあっていいはずだし、もっと探究されていいと思う。菜食とランナーの関係、それを少しでもこの連載から探って行きたい。

※今週末は八ヶ岳で開催されるスリーピークス八ヶ岳トレイル大会のAttack Line 23kを走ってきます!

TEXT by Michiaki MATSUSHIMA

このブログについて

EAT & RUN 日記

走ることで見える食、食べることで見えるラン

ブログ著者

松島倫明

(まつしま・みちあき)
NHK出版 編集局放送・学芸図書編集部チーフエディター 翻訳書の版権取得・編集・プロモーションに従事。ノンフィクションから小説までを幅広く手がけている。代表的なタイトルにアンダーソン『MAKERS』『フリー』、ヴォネガット『国のない男』、フォア『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』など。『脳を鍛えるには運動しかない!』という本を編集してからは、贅肉をとるためでなくポジティブに走るようになり、『BORN TO RUN』を編集して以来、裸足系シューズやサンダルで走るサブ4ランナーです。ジュレク の『EAT&RUN』の編集中に完全菜食主義の生活を3か月間体験し、メキシコ・コッパーキャニオンのUMCB(80km)でウルトラレース初完走しました。

このブログの人々

松島倫明

ブログ最新記事