30代のもやもやのまとめ 幸せになるための前提条件(後編)

僕には現実逃避という悪癖がある。

「こうなったらいいなあ」「なんとかなるだろう」という願望や妄想が頭にぼんやりと広がり、目の前の面倒な現実には目をそむけ、無謀な行動をしてしまうのだ。結果としてうまくいくこともあるが、自分や周囲の人を傷つける結果に終わることも少なくない。その傷の痛みによって、無根拠な自信から解放され、現実に引き戻される。

短い結婚生活が終わって初めて、僕ははっきり自覚した。健康の次に大事なのは仕事であり、仕事ができないと家族という基本的な人間関係もおかしくなってしまうのだと。

心身の健康に問題がない30代男性が働いて価値を生み出していないと、社会の目は厳しくなる。そんな目は無視して平気に貧しく暮らせれば幸せかもしれない。でも、僕には無理だった。金銭面だけではなく精神面がぺしゃんこになりかけてしまった。そして大事な家族を傷つけ、自分を追い込むことになったのだ。

家族より仕事を優先するといっても、「家族が大怪我をしたときにも仕事を休まない」「親の葬式にも出られない」などの極端な話ではない。僕は家族と遊ぶ先約がある日には仕事を出来る限りしない。電話にも出たくない。「親しき仲にも礼儀あり」だと思う。

ただし、家族とゆっくり過ごしたいから仕事を控えめにする、という選択肢はあり得ない。仕事が忙しくなりそうな時期は家族との予定も入れずに空けておく。

たまに育児休暇を取る男性もいるけれど、僕には真似できそうにない。育児は重要な家庭内労働で社会的な価値は大きい。同時に、育児は基本的に家庭内に閉じられたものであり、社会に関わっている実感は薄いように思う。自己顕示欲と社会欲の強い僕には耐えられず、親バカ丸出しの写真や文章を公開してしまいそうだ。かといって、数年間は育児に専念して、仕事に復帰したらバリバリやれるほど仕事能力に自信がない。現場から数カ月でも離れたら忘れ去られてしまう気がする。

仕事、仕事と書いてしまったけれど、家族を軽視しているつもりはない。年老いた心優しい両親、ずっとお世話になってきた親戚、昔はケンカばかりだったけれど今では仲の良い兄と弟、その家族、バツイチの僕と結婚してくれた妻、その家族……。まさに「帰る場所」であり、本当は仕事よりもはるかに大事な人間関係だ。だからこそ、貢献したい。認められたい。仕事を通して得た知識とお金を家族のために使いたいのだ。

健康、仕事、家族の優先順位は、いずれ変わっていくだろう。子どもができたら急に専業主夫になり、自らの健康を損ねてでも家族に尽くし続ける人になる可能性もゼロではない。

しかし、現状では健康、仕事、家族の順番が僕の生活を支えている。家族が大事だからこそ、自分の体や仕事を優先すべきときもある。優先順位と重要度を混同してはいけないのだ。

当たり前だけれど、幸せ要素のすべてを得ることはできない。僕は「完璧ではなくてもそこそこの健康を維持する」「十分な量の仕事を依頼されて一定以上の品質を出し続ける」「家族の安全と円満な関係性を保つ」の3点だけは守りたい。だから、自分にとって大切なことを捨てる努力をしている。プライドや自意識だ。

僕は他人から侮られたりバカにされたりするのがすごく苦手だ。自信のなさの表れなのかもしれないけれど、ちょっとしたことで傷ついたりいじけたりしてしまう。例えば、仕事の打ち合わせ。場所が相手の会社だと呼びつけられているようで気になり、自分の住所との中間地点を提案したりしていた。約束の時間に相手が遅れて来たりするといちいち腹を立てていた。

今は違う。仕事の量と質を確保するためならたいてい何でもできる。自分の面子などは後回しだ。原稿を大幅に直されても、それで質が上がるのであればかまわない。謝罪を要求されたら、少しでも自分に非があれば謝る。さっさと謝ったり修正したりして、次の仕事に全力で取り組みたい。

逆に言えば、ある程度忙しくしていると仕事上の人間関係へのこだわりが減っていく。「気が合う」ことをあまり重視しなくても、質と量を追求していれば相性がいい人との仕事が増えていく。お互いに働きやすいのだから当たり前だ。あまりに失礼で仕事しにくい人は他の人からも疎んじられることが多いので、放っておけば関係性は自然消滅する。その人にちょっと傷つけられたとしても、他の人と気分よく仕事しているうちに癒されていくものだ。

プライベートのときも同じだ。飲食店などで店員に不十分な対応をされたり、友人が約束に遅刻したりドタキャンしたりするたびに激怒していた。そのこと自体に怒るというよりも、侮られたことが許せなかった。

今は平気になった。性格が寛容になったからではなく、ちょっとした運命論を採用したからだ。幸運がずっと続くこともないように、不運が永遠に続くこともない。健康・仕事・家族の根幹を揺るがすような不運に見舞われないために、別のところで小さな不運を引き受けていきたいと感じるようになった。恥や金、手間暇をかけるぐらいの不運で許されるならばありがたい。大けがや大病、仕事の激減、家族の不幸だけは勘弁してほしい。

最後に、友人や趣味について。僕が最も生きている喜びを感じる要素は、健康・仕事・家族のいずれでもない。妻を含む気の合う友だちとおいしいものを飲み食いしているときに、「がんばってきてよかった。人生、万歳!」という絶頂感を味わう。相手が美しい女性だったりすると、細胞が活性化して若返るのではないかと思うほどの達成感を覚える。つまり、友だちとの会食こそが僕の幸せなのだ。ただし、前提条件ではない。健康・仕事・家族を守ることができなければ、一番の喜びである友だちとの時間を気持ち良く過ごすことも不可能だ。

友だちとの付き合いには2種類あると思う。1つは、住んでいる距離がどんなに離れても定期的に連絡を取り合って顔を見たくなるような付き合い。もう1つは、離れてしまったら交流が続くかはわからないけれど今は仲良くしている「ご近所付き合い」だ。馴染みの店との関係に近い。このように書くと前者のほうが重要で後者はどうでもいいように見えるけれど、そんなことはない。むしろ、普段の生活には後者のほうが大事だったりする。

それほど深く語り合うことはなくても、顔を合わせば笑顔で挨拶をして、街の情報を交換し、おすそ分けをし合う。住んでいる場所への愛着と安心感が生まれていく。絶頂感を覚えるような幸せではないけれど、温かくてささやかな幸福を感じる。

繰り返しになるが、これほど大切なご近所付き合いでも、健康・仕事・家族が前提となる。この3条件をしっかり維持していれば、ご近所付き合いもゆとりを持って楽しむことができる。

健康・仕事・家族の優先順位を守ることが幸せに過ごすための前提条件――。30代前半をひたすらもやもやしてきたわりには、凡庸で保守的な結論に行き着いてしまった。だけど、これが37歳になった僕の現実だ。10代からずっと抱えてきた願望や妄想を一瞬取り払い、体験と実感だけを見つめてシラフの頭で考えた「幸せの条件」なのだ。正しいのかどうかわからない。40代になったら「健康や仕事なんて大事にしても仕方ない。悪くなるだけだから」などと言い出すかもしれない。それでもしばらくは健康・仕事・家族を信じて生きてみたい。

 

もやもや

 

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絵/堀 道広(ほり・みちひろ) 1975年生まれ。マンガ家、イラストレーターとして活躍する一方、割れた陶器を漆で修復する「金継ぎ部」を主宰。著書に『青春うるはし!うるし部』『耳かき仕事人サミュエル』。

このブログについて

30代のもやもや

仕事、恋愛、お金…青年と中年の間、30代特有のもやもやをつづる。

ブログ著者

大宮冬洋

おおみや・とうよう
1976年生まれのフリーライター。ビジネス誌や料理誌などで幅広く執筆中。著書に『30代未婚男』(共著/NHK出版)、『あした会社がなくなっても生きていく12の知恵』(ぱる出版)ほか。食生活ブログをほぼ毎日更新中。
〇最新刊『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました』(ぱる出版)
〇毎月第三水曜日には、読者の方々との交流イベント「スナック大宮」を西荻窪で開催。

このブログの人々

山北健司

NHK出版新書編集部

大宮冬洋

フリーライター

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